オメガ博士による最新論文紹介
妊婦さんのオメガ3脂肪酸摂取とボンディング(愛着形成)

母子のボンディング(愛着形成)は、乳児の健全な成長と発達に不可欠であり、母親の養育行動や子どもの精神的・身体的健康に大きな影響を及ぼします。ところが、母親の中には自分の子どもに愛情を抱けず、育児に不安や敵意を感じる「ボンディング障害」を経験される方もいらっしゃいます。この障害は15~40%の母親に認められ、育児放棄や虐待にもつながる深刻な問題とされています。従来はスキンシップやマッサージなどの介入が予防策として報告されてきましたが、一般的に有効な方法は確立されておりません。
一方、オメガ3脂肪酸は攻撃性や抑うつの軽減と関連することが知られており、これまでに「妊婦さんのオメガ3脂肪酸摂取と子どもへの虐待」「夫のオメガ3摂取と妊娠中の妻に対する暴力の関連について」、「魚食・オメガ3脂肪酸摂取と妊婦さんの抑うつ」について紹介してまいりました。これらの知見から、オメガ3とボンディング障害との関連が示唆されております。しかし、妊娠中のオメガ3や魚の摂取とボンディングとの関係を大規模に検討した研究はこれまで存在しませんでした。そこで、環境省が実施しているエコチル調査のデータを用いて、これらの関連を解析した結果についてご報告します。
妊娠期のオメガ3多価不飽和脂肪酸および魚摂取と母子ボンディング:エコチル調査
本研究は、エコチル調査に参加した91,147人の母親を対象に、妊娠中のオメガ3および魚の摂取量と出産後1か月および6か月時点での母子ボンディングとの関連を検討した。摂取量は妊娠中期に実施された食事質問票から推定し、ボンディングは日本語版母子ボンディング尺度により評価した。
解析の結果、妊娠中のオメガ3摂取量が多いほど、出産後1か月および6か月において「母性感情の欠如」や「育児不安」のスコアが低く、より良好なボンディングと関連していた(図)。特にオメガ3摂取量の上位五分位群では、全体スコアおよび各下位尺度のオッズ比が有意に低下した。一方、魚摂取については、部分的に有意な関連がみられたものの、全体スコアでは明確な関連は示されなかった。また、オメガ6/オメガ3比の高さは不良なボンディングと関連していた。
Dietary intake of omega-3 PUFAs and fish in relation to mother-to-infant bonding in the Japan Environment and Children's Study.
(Sanzen I, Matsumura K, Tsuchida A, Hamazaki K, Inadera H; Japan Environment and Children's Study (JECS) Group. Sci Rep. 2025;15(1):19548.)

本研究は、妊娠中の栄養因子、特にオメガ3の摂取が母子の愛着形成に寄与する可能性を初めて大規模に示した点で意義深いと感じます。オメガ3の摂取が母親の攻撃性や抑うつを和らげ、さらに児の行動面にも良い影響を及ぼすことで、母子双方に有益な循環が生まれることが示唆されました。一方、魚摂取の関連があまり明確でなかった点については、詳細は不明であり、今後はより精緻な解析が必要と考えられます。妊娠期のオメガ3摂取は、母親のメンタルヘルスのみならず、子どもの発達や親子関係の基盤を支える上で重要な栄養因子であると改めて実感いたしました。
2025年10月14日
(浜崎 景:群馬大学)