オメガ博士による最新論文紹介
一日に1gの「ω3系脂肪酸」を三年間補給すると、「からだ年齢」の老化を抑制する

数多くの研究成果により、ω3系脂肪酸は、胎児・乳幼児期の脳の発達、心血管疾患のリスク軽減、免疫機能の向上、高齢者の脳機能維持、などに有益な効果を発揮することが確認されています。そのため、ω3系脂肪酸の摂取は、健康寿命を延伸し、老化を抑制し、寿命を長くすると思われます。しかしながら、ω3系脂肪酸の老化抑制効果については科学的根拠に基づく研究成果が乏しく、定かではありません。今回、スイスのチューリッヒ大学などの研究者から、ω3系脂肪酸を3年間毎日補給すると老化抑制に効果がある、との発表がNature Agingという学術誌に掲載されましたので紹介します。
高齢者における、生物学的老化*1)の時計指数であるDNAメチル化*2)に及ぼす
ビタミンD、オメガ-3ならびに運動による単独および相加効果
この研究の成果は、チューリッヒ大学などが実施した高齢者の健康寿命を延ばすことを目的とした大規模な臨床試験「DO-HEALTH*3)」(2157名の参加者)のサブ解析結果を示した論文です。
スイス在住の70歳以上の健常高齢者777名を対象にして、3年間にわたり、ビタミンD(1日2000IU)、ω3系脂肪酸(1日1g)、自宅での運動プログラム(週3回、30分の関節柔軟性に重点を置いた注意運動プログラム)の3つの介入を、それぞれ単独、あるいは組み合わせて実施しました。老化の評価には、DNAメチル化を測定する「エピジェネティック・クロック*4)」と呼ばれる4種類の指標(PhenoAge、GrimAge、GrimAge2、DunedinPACE)を用いています。
解析の結果、3つの介入のうちで最も顕著な効果を示したのはω3系脂肪酸の単独投与でした(図)。
ω3系脂肪酸は、3つのクロック(PhenoAge、GrimAge2、DunedinPACE)(図1A, B, C)において、3年間で2.9~3.8カ月の加齢加速または老化速度の値を低下させました。これは、ω3系脂肪酸の毎日の補給は生物学的老化を遅らせる効果を示唆しています。この効果は短いように思われますが、長期間に摂取・補給が維持されれば健康寿命の延伸につながる可能性のある結果と紹介しています。
また、興味あることに、PhenoAgeクロックの結果では、行われた3つの介入を組み合わせることにより相加的な効果が見いだされ(図1A)、介入の組み合わせによりさらに老化が軽減されることが推察されます。これは、本格的に衰弱が始まっていないプレフレイルの段階での老化抑制効果である可能性を示唆しています。
Individual and additive effects of vitamin D, omega-3 and exercise on DNA methylation clocks of biological aging in older adults from the DO-HEALTH trial.
(Bischoff-Ferrari HA, Gängler S, Wieczorek M, Belsky DW, Ryan J, Kressig RW, Stähelin HB, Theiler R, Dawson-Hughes B, Rizzoli R, Vellas B, Rouch L, Guyonnet S, Egli A, Orav EJ, Willett W, Horvath S: Nat Aging. 2025 Mar;5(3):376-385. PMID: 39900648)

本研究は、ω3系脂肪酸 1g(EPA 330 mg + 海藻由来DHA 660 mg)のソフトカプセルを3年間毎日補給し続けると、加齢加速または老化速度が遅くなる可能性を遺伝子DNAの メチル化を測定することで実証し、さらには、健康寿命を延ばすための介入の評価法として、生物学的老化全般、とくに次世代の「エピジェネティック・クロック」の測定の適用を支持するものとして大変興味ある内容です。
我が国の消費者庁が2012年に公表した「食品の機能性評価モデル事業」の報告書では、ω3系脂肪酸は医薬品と同等な研究が数多くなされており、心血管疾患リスク低減、血中中性脂肪低下作用、関節リウマチ症状緩和に対してそれぞれA評価が与えられました。その後も、多分野にわたる多くの研究がなされ、現在ではω3系脂肪酸の摂取あるいは補給は、人の一生を通して健康維持に役立ち、健康寿命の延伸につながると考えられています。また、高齢者での認知症の発症予防には中年期からの生活習慣病の予防への取り組みが重要であります。ω3系脂肪酸の腸管での吸収には胆汁酸のはたらきが欠かせないことから、サプリメントによる補給の際には胆汁の分泌を促すような摂取形態を考える必要がありますが、より一層、ω3系脂肪酸の摂取・補給に努めることは、健康維持と健康寿命の延伸に必ずや役立つと思われます。
*1)生物学的老化生物学的老化: 暦年齢とは異なり、身体の細胞や組織の状態に基づく老化のことを生物学的老化といいます。身体の健康状態や老化の進行具合に加え、心筋梗塞や認知症等の加齢関連疾患リスクを反映する指標とされています。この生物学的老化の測定方法は多くありますが、DNAメチル化というエピゲノム情報に基づき年齢を計算するエピジェネティック・クロックは、もっとも有望かつ妥当な方法であると考えられています。
*2)DNAメチル化:
DNAメチル化は「DNAスイッチ」とも呼ばれ、DNA分子のシトシン塩基にメチル基が結合する化学的な修飾のことを示します。DNAメチル化は遺伝子の発現を調節する効果があり、特定の遺伝子の発現をオン/オフする役割があります。
*3)DO-HEALTH:
ヨーロッパの高齢者の健康的な老化を支援し、ビタミンD、オメガ3脂肪酸、そして簡単な在宅運動プログラムが高齢期の疾患を予防し、健康寿命を延ばすかどうかを検証するために設計された臨床試験です。ヨーロッパ7都市在住の70歳以上の男女2,157人が登録され、参加者は、3年間、簡単な在宅運動プログラム、ビタミンD、オメガ3脂肪酸のいずれか、または複数をランダムに割り付けられました。 これにより、5つの主要評価項目(非脊椎骨折の発症リスク、機能低下のリスク、血圧上昇のリスク、認知機能低下のリスク、および感染症の発生率)の予防における介入の有効性を検証しました。
*4)エピジェネティック・クロック:
エピゲノムの一つであるDNAメチル化のパターンを調べることにより、個人の生物学的年齢を推定する計算アルゴリズムを示します。これを調べることで、実際の年齢(暦年齢)よりも身体の細胞や組織がどの程度老化しているか、または若い状態を保っているかを示すことができます。
参考)エピゲノム:
生物を形づくる遺伝子は、DNAに含まれる4つの塩基(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)の並び順で規定されており、この塩基配列の情報は「ゲノム」と呼ばれます。この塩基配列を変化させずに、遺伝子の使われ方を調節する仕組みや制御に関わる分子の相互作用を総称して「エピゲノム」と呼んでいます。これには、DNAメチル化やヒストン修飾などが含まれます。
2025年9月4日
(橋本道男:島根大学)