日本脂質栄養学会

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オメガ博士による最新論文紹介

腸内細菌叢がオメガ3脂肪酸の効き目を変える!

オメガ博士

近年は、腸内細菌叢の解析技術が発達し、大規模な調査の統計解析が可能になりました。その結果、地域や人種によって腸内細菌叢は様々に異なっており、いくつかのパターンに分類されることもわかってきました。一方で、魚油によるオメガ3脂肪酸摂取が、中性脂肪(TG)を下げる効果があることは良く知られていますが、効き目には個人差1)があると言われています。今回はその個人差の理由の一つを解明しようとした論文を紹介します。

この論文ではⅡ型糖尿病患者(薬剤による治療中)を対象に、各種条件を均等にした上で、オメガ3脂肪酸摂取の有無の比較試験を行い、オメガ3脂肪酸摂取群において、TGが低下する事を確認し、併せてリピドーム解析*a)メタゲノム解析*b)を用いて、血清脂質分子の変化や腸内細菌叢のパターンの変化を調べています。さらに、オメガ3摂取群の中で、よくTGが下がる人とそうでない人の違いにベースラインの腸内細菌叢が影響している可能性がある事を示しています。

オメガ3脂肪酸摂取が、Ⅱ型糖尿病患者の高TG血症、血中総脂質組成、腸内細菌叢に与える影響

Ⅱ型糖尿病患者でTGが高い中国人の患者295人を、一日4gの魚油によるオメガ3脂肪酸を摂取する群と、同量のコーン油を摂取する群に分けて、12週間の試験を行い、血中TGの測定、血清脂質分子のリピドーム解析や腸内細菌叢のメタゲノム解析を0,4,12週目に行いました。その結果、12週目でオメガ3脂肪酸摂取群では、対象群に比べて有意なTG値の低下が見られました。また、高感度LC/MSスペクトル*c)で網羅的に分析した血清脂質の組成は、オメガ3脂肪酸摂取群で炭素鎖の短い飽和脂肪酸を結合したTGが顕著に減少し、DHAやEPAなどを含む、炭素鎖が長く不飽和度の高い脂肪酸を結合したTGが上昇しました。メタゲノム解析によって調べた腸内細菌叢のパターンはオメガ3脂肪酸摂取群と対象群では、0週目もその後も、群間および経時で、腸内細菌叢のパターンに差は見られませんでした。

そこで、オメガ3脂肪酸摂取群の中で、血清TG値が30%以上低下した被験者をレスポンダー(Rグループ)、10%以下だった被験者を非レスポンダー(NRグループ)として、ベースライン(初期値)のTGレベルが一致する32組のRとNRのペアを比較解析しました。その結果、R群とNR群の間で、各種健診パラメーター、糖尿病罹患期間、服用薬剤、ベースラインの血糖値、脂質組成、EPAおよびDHAを含む分子種に有意差はありませんでしたが、R グループは、空腹時 TG のより大幅な減少と、12週間のオメガ3脂肪酸摂取後の脂質プロファイルのより顕著な変化が認められました。両グループともに、不飽和度の高い TG 種の血清レベルの有意な増加を示し、4週目と12週目の EPA と DHA レベルに差は見られませんでしたが、R グループは、不飽和度の低い TG 種とその関連分子が有意に減少していました。これは、ベースラインの血清脂質組成が魚油オメガ3摂取によるTG応答の主要な決定要因ではなく、摂取後に代謝されて両グループ間で経時的に脂質プロファイルに差が出ることを示しています。

一方、腸内細菌叢については、ベースラインの菌種でみると、RとNRの間でいくつかの菌種で差が見られ、Rグループには,TG陰性菌に分類される7種の菌種が少ないこと、また、RFモデル*d)による解析ではTGの変化率(%)に影響を及ぼす4種の腸内細菌のグループを見出しました。そのうち、L-Hisの代謝分解に関わる菌群が最も高い相関を示し、TG減少との関係が示唆されました。ベースラインのこれらの菌が、血清TG低下効果に関与しているものと推察されました。

Impact of omega-3 fatty acids on hypertriglyceridemia, lipidomics, and gut microbiome in patients with type 2 diabetes
(Liu J, Liu R, Ren H, Wang S, Hu C, Shi Z, Li M, Liu W, Wan Q, Su Q, Li Q, Zheng H, Qu S, Yang F, Ji H, Lin H, Qi H, Wu X, Wu K, Chen Y, Xu Y, Xu M, Wang T, Zheng J, Ning G, Zheng R, Bi Y, Zhong H, Wang W. Cell Press., 6: 1, 10, 2025. https://doi.org/10.1016/j.medj.2024.07.024)

オメガ博士

この論文では、血中の脂質に関して、高感度LC/MSを用いて、721種の脂質の分子を同定し、それらをグループ分けして調べています。これまでには、このように詳細な血中脂質組成の変化に与える影響が調べられたことはありませんでした。二型糖尿病患者でのオメガ3脂肪酸摂取と対照群の比較ではオメガ3脂肪酸摂取群の方がEPAやDHAを含む脂質分子が増加していることに加えて、ヒトの健康に関与しているとされる一部のセラミドやフォスファチジルコリン、アラキドン酸などの低下も観測されています。

今までオメガ3脂肪酸摂取の有効性は、多くの研究において摂取群と非摂取群の血中TG値の低下効果の有意差をもって示されてきましたが、この論文では、摂取群のオメガ3脂肪酸に対する応答性や効果の違いの解明にも踏み込み、それが腸内細菌叢である可能性を示しています。今回の結果が、被験者が二型糖尿病患者でない場合も同様かどうかは示されていませんが、最近は腸内細菌叢のパターンが、疾病リスクやダイエットの効果に影響するという報告もされています2)、3)

リピドームやメタゲノムはデータの解析手法の専門性が高く、この分野の他の研究者によるさらなるデータの蓄積を待つ必要があると思います。また、腸内フローラは人種や国によってパターンが異なることを考えると、この論文の被験者は全員中国人であることにも留意する必要があります。しかし、このような研究が世界中の多くの研究機関で進められ、データが積み重ねられて行くことが、オメガ3が有効とされる様々な疾患への治療効率を向上するために重要だと思われます。

a)リピドーム解析 : 生体内に存在する脂質(Lipid)の総体のことをリピドーム(Lipidome)と呼び、それらを解析する学問分野・技術をリピドミクス・リピドーム解析と呼びます。脂質は数十万種と推定され、それらの分子構造を解析する事で、代謝経路や代謝酵素などの研究が可能になります。
b)メタゲノム解析 : 特定の環境サンプル(土壌、水、糞便など)に存在する微生物の遺伝物質を直接解析する手法。個々の菌を分離・培養することなく、微生物群集を全体として研究することが可能になります。
c)液体クロマトグラフィー(Liquid Chromatography, LC)を接続した質量分析計。リピドーム解析などにおいて分子構造分析ツールとして使用する。
d)ランダムフォレストの略。統計解析(分類・判別や回帰といった目的)で活用されているアルゴリズムの1つ。

参考文献
1)Gao,C., Liu,Y., Bao,W., et al. Lipids Health Dis. 19, 87 (2020)
2)Wang,D.D., Nguyen,LH., Li,Y., et al. Nat.Med.27, 333 (2021)
3)Maifeld,A., Bartolomaeus,H., LÖber,U., et al. Nat.Commun.12,1970 (2021)

2025年7月11日
((株)吉野家ホールディングス R&Dエグゼクティブフェロー 辻 智子)

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