日本脂質栄養学会

お問い合わせ
市民の皆さまへ
Facebook
X(旧Twitter)
Instagram
市民の皆さまへ
HOME市民の皆さまへ飽和脂肪酸は細胞にとって毒?

オメガ博士による最新論文紹介

飽和脂肪酸は細胞にとって毒?

オメガ博士

読者の皆さんは、胃、腸、心臓、膵臓などにまとわりつく内臓脂肪が、血液中の脂質、血圧および血糖のコントロール機能に悪い影響を及ぼし、動脈硬化や糖尿病を招くことをご存知と思います。健康診断で腹囲が測定されるのは、腹囲から推定される内臓脂肪量が一定の値を超えると、これらのメタボリックシンドロームの発症率が高くなると考えられているからです。異所性脂肪と呼ばれる腹部の脂肪は、運動によって落とすことができるので、腹囲が気になる方は、筋トレと有酸素運動をがんばりましょう。

ところで、お腹周りに脂肪が付着することは不健康ということはわかっているのですが、細胞の中に脂肪が貯まることも悪いことなのでしょうか。実は、細胞の中にできる脂肪滴は、脂肪酸毒性を緩和しており、細胞は脂肪滴を作ることで、細胞死のリスクを回避しています。つまり、細胞の中では、脂肪滴が作れないことの方が重大な結果を招いてしまうのです。今回は、インスリンを合成・分泌する膵臓のβ細胞の中で脂肪滴が作れないとどうなるか、について調べた基礎研究の論文を紹介します。

飽和脂肪酸によるβ細胞のFIT2の不安定化は、脂肪滴の数を変え、小胞体ストレスと糖尿病を招く

飽和脂肪酸に富む欧米型の食事は、肥満や糖尿病のリスク要因です。著者らは、飽和脂肪酸(パルミチン酸)が、膵臓β細胞内の脂肪滴を減少させ、小胞体ストレス応答を誘導することによって、β細胞のアポトーシス**を誘導することを見出しました。このような変化は不飽和脂肪酸(オレイン酸)では起こりませんでした。パルミチン酸を過剰に取り込んだβ細胞では、脂肪滴の形成に必要なFIT2タンパク質がパルミチン酸によってアシル化されており、修飾を受けたFIT2はプロテアソームで分解されていました。FIT2がなくなるとどうなるか、について、FIT2を欠損した実験動物を用いて調べた結果、β細胞で、脂肪滴が形成されにくいこと、インスリンが出にくいこと、糖尿病になりやすいことが示されました。つまり、パルミチン酸を脂肪滴として濃縮隔離できなければ、細胞内に拡散したパルミチン酸がアポトーシスシグナルとしてのセラミドに取り込まれ、この分子種の増加が小胞体ストレス応答を引き起こすようです。脂肪酸毒性によって、β細胞が傷んで、インスリンを放出できなくなる機序には、このような機序が考えられます。

FIT2 欠損マウスは高グルコース(16.7 mM) 刺激やKCl 刺激によるインスリン分泌応答性が低下する

糖質と飽和脂肪酸リッチの西洋食を食べ続けると

Destabilization of β Cell FIT2 by saturated fatty acids alter lipid droplet numbers and contribute to ER stress and diabetes
(Xiaofeng Z, Qing W C H, Minni C, Olga S, Xin Y Y, Sneha M, Federico T, Elaine G Y C, Michelle M L, Jia N F, Sangyong J, Sunny H W, Nguan S T, Nanwei T, Guy A. R, Markus R. W, David L S, Per-Olof B, and Yusuf A, PNAS, 119 (11): e2113074119 (2022) DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2113074119)

オメガ博士

体内成分としても、食事成分としても、ありふれた脂肪酸のパルミチン酸が細胞にとって毒、というのは、にわかに信じ難いのですが、内臓脂肪が付着するような飽和脂肪酸の過剰産生や過剰供給が続くと多くの細胞は傷んでしまいます。一方、不飽和脂肪酸は脂肪滴を作らせる作用があるので、飽和脂肪酸毒性を緩和します。疫学調査からは、飽和脂肪酸を不飽和脂肪酸で置き換える食事が推奨されていますが、今回紹介した論文のように、細胞生物学的研究からもその証拠が得られています。飽和脂肪酸は余剰の糖質からも生合成されますので、糖分の摂り過ぎも飽和脂肪酸毒性を招きます。食事バランスも大事ですが、内臓脂肪をくっつけないための運動習慣も大事です。

小胞体 : 細胞内にある,ひと続きの生体膜でできている細胞小器官。たんぱく質の合成や輸送、リン脂質やコレステロールの合成、ホルモンやプロスタグランジンなどの内因性物質の合成や代謝、薬物などの外因性物質の代謝等の機能を担う。小胞体に異常なたんぱく質が蓄積した時(小胞体ストレス)に活性化される生体防御反応を、小胞体ストレス応答という。

**アポトーシス : 正常な発生・分化の過程で、特定の時期に特定の部位に生じる生理的プログラムによる細胞死。

2025年6月5日
(田中 保:徳島大学)

PAGE TOP