日本脂質栄養学会

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HOME市民の皆さまへオメガ3とカドミウム

オメガ博士による最新論文紹介

オメガ3脂肪酸の摂取は有害重金属カドミウムの毒性に有効か?

オメガ博士

カドミウムは代表的な有害重金属であり、多量に取り込むと骨軟化症、貧血、強い倦怠感などに見舞われます。大量のカドミウムに晒されることによって発症する公害病であるイタイイタイ病は有名です。カドミウムは土壌や水など環境中に広く存在し、米、野菜、果実、肉、魚など多くの食品に含まれています。厚生労働省の2007年度の調査によると、日本人が1日あたり摂取するカドミウムは21.1μgですが、耐容週間摂取量※1の7μg/kg体重/週よりも低く、私たちが日常の食生活で多量のカドミウムに晒されることは滅多にありません。さらにカドミウムの主要摂取源は米ですが、近年の米の摂取量は低下傾向にあり、それに伴ってカドミウムの摂取量も減少しています。カドミウムはたばこに多く含まれる傾向があり、喫煙によって肺から体内に吸収されることもあります。また、体外へ排出されにくい性質をもっているので、加齢に伴って体内残留量が増加します。カドミウムは血液脳関門※2を簡単に通過するので、脳内に蓄積して酸化ストレスを促し、神経伝達や認知機能に悪影響を及ぼすと言われています。

α-リノレン酸は亜麻仁油、しそ油(えごま油)に多く含まれるオメガ3脂肪酸です。α-リノレン酸は炎症抑制作用やフリーラジカル消去活性があると言われ、血液脳関門を通過して脳内で重要な役割を果たすと考えられています。今回紹介する論文はマウスを用いた研究で,α-リノレン酸の経口摂取はカドミウムによる酸化ストレスや神経の炎症を低減させ、神経変性の進行も抑制する可能性があることが示唆しています。

α-リノレン酸はマウスの脳におけるカドミウム誘発性の酸化ストレス、神経炎症、神経変性を妨げる

8週齢のオスのC57BL/6Nマウスをランダムに3群に分け、生理的食塩水を与えたものを対照群として、塩化カドミウムを投与した群、塩化カドミウム+α-リノレン酸を投与した群をそれぞれ2週間飼育しました。飼育終了後、脳組織における活性酸素種(ROS)の産生、神経炎症、神経変性に与える影響について、主に免疫学的手法による実験と分子ドッキング法※3により調べました。

その結果、α-リノレン酸を投与された群は、塩化カドミウム群に比べてROSの産生と一酸化窒素化合物合成酵素が著しく低下し、転写因子Nrf2とヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)が増加しました。Nrf2とHO-1は抗酸化作用に関わるタンパク質で、これらが増加したことは抗酸化能が向上したことを示唆しています。また、神経変性疾患の進行に関与するタンパク質JNKの活性化はα-リノレン酸によって抑制されることが、免疫学的手法による実験と分子ドッキング法により確認されました。さらに神経変性疾患は神経の炎症や神経細胞のアポトーシス(細胞死)によって加速されますが、α-リノレン酸はこれらも抑制することが明らかになりました。

図 カドミウム誘導性の神経変性に対するα-リノレン酸の神経保護の機構
カドミウム誘導性の神経変性に対するα-リノレン酸の神経保護の機構

以上より、α-リノレン酸の摂取はカドミウムによる脳の酸化ストレス、神経炎症、および神経変性を抑制することが分かりました。

Alpha-linolenic acid impedes cadmium-induced oxidative stress, neuroinflammation, and neurodegeneration in mouse brain.
(Alam SI et al., Cells, 10, 2274, 2021)

オメガ博士

カドミウムは魚の内臓に多く見られますが、カドミウム以外の有害重金属にメチル水銀や鉛なども多く含まれています。最近は、食事性オメガ3脂肪酸または魚の摂取は高齢者の認知機能の維持に重要であり、鉛、カドミウム、メチル水銀による悪影響を軽減することを示す研究が報告されています1)。今回紹介した研究はマウスを用いたものでしたが、ヒトでも効果があるかもしれません。

※1 耐容週間摂取量:健康に悪影響を与えないと推定される量で、1週間で体重1kgあたりの量で表される。
※2 血液脳関門:血液から脳組織への物質の移動を制限するバリアのような仕組みで、脳にとって必要な物質とそうでない物質を選別する機能がある。
※3 分子ドッキング法:特定のタンパク質と化合物がどのように相互作用するかをコンピュータによって計算予測する手法。

1) Sasaki N, et al. The American Journal of Clinical Nutrition, 119, 283-293, 2024

2024年5月23日
(樋口智之:弘前大学)

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