オメガ博士による最新論文紹介
リン脂質由来オメガ3脂肪酸が血中の中性脂肪値を改善する可能性
食品に多く含まれる脂質は主に「中性脂肪(TG)」、「リン脂質」、「ステロール」に分類することができます。食品中の油脂の大部分はTGです。ステロールはコレステロールに代表される脂質で、細胞膜を構成し、一部のホルモンの材料になります。今回話題にするリン脂質は細胞膜の大部分を構成する成分で、その特徴は乳化作用を持つことです。乳化とは本来溶け合わない水と油が均一に混ざり合った状態を言い、乳化した食品には牛乳、豆乳、クリーム、バターなどがあります。リン脂質が比較的多く含まれる代表的な食品は卵黄で、マヨネーズは卵黄の乳化作用を利用した加工食品です。卵以外でリン脂質を多く含む食品は大豆やイクラやタラコなどといった魚卵などがあります。
オメガ3脂肪酸であるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)には血中TG低下作用があり、治療薬から健康食品まで幅広く利用されています。EPAやDHAは魚の油に多く含まれていることはよく知られていますが、魚に限らずイカ、エビ、貝類、海藻など多くの水生生物の脂質に含まれています。脂肪酸はTGやリン脂質に結合していますが、魚油のEPAやDHAのほとんどはTG結合型です。一方、魚卵やオキアミなど一部の水産食品には、リン脂質結合型のEPAやDHAが他の水産食品に比べて多く含まれていることが分かっています。
最近ではリン脂質の栄養機能が注目されており、リン脂質由来の脂肪酸はTGに比べて腸管から吸収されやすいことが明らかになってきました。今回紹介する論文は、リン脂質を多く含むオキアミ由来の脂質とオメガ3遊離脂肪酸を混合した高TG血症患者に向けの製薬を使用したヒト試験の研究です。
重度の高TG血症患者における新規のオメガ3オキアミ油製剤の有効性
本研究は平均年齢54.9±11.2歳、BMIが31.5±5.1、血中TGの平均値が701±222mg/dLの重度高TG血症患者520人(男性339人)を対象に実施されました。使用した治療薬はオメガ3脂肪酸が結合した天然オキアミ油を由来とするリン脂質にオメガ3遊離脂肪酸が混合されたもの(ω-3-PL/FFA群)を使用し、対照にはコーンスターチ(プラセボ群)が用いられました。
その結果、血中TG値は12週目の時点においてω-3-PL/FFA群で26.0%、プラセボ群で15.1%低下し、26週目時点でも低値のままでした。ω-3-PL/FFA投与の効果は、年齢、性別、人種や民族、国、TG値、糖尿病、フィブラート系脂質異常症用治療薬の使用による有意差がありませんでしたが、試験開始前に高コレステロール血症治療薬(スタチンやコレステロール吸収阻害薬)を服用している患者や血中EPA+DHA濃度が低い患者で高い傾向が見られました。ω-3-PL/FFAは忍容性※が高く、安全性を示す指標もプラセボ群と同程度でした。
以上より、オキアミ油由来のオメガ3製剤であるω-3-PL/FFAは重度の高TG血症患者の血中TG値を低下させ、安全で忍容性が高いことがこの研究により明らかにされました。
Effectiveness of a novel ω-3 krill oil agent in patients with severe hypertriglyceridemia: A randomized clinical trial.
(Mozaffarian et al., JAMA Network Open, 5, e2141898, 2022)
オキアミは小さなエビのような姿をした動物プランクトンですが、生物量は世界最大で、約4億トンもあると言われています。全世界の成人の体重は合計2億8700万トンと試算されているので1)、オキアミの総重量は相当なものです。今回紹介した研究ではTG由来のEPAやDHAの効果と比較はしていませんが、Konagaiらはオキアミ油(リン脂質由来オメガ3脂肪酸)とイワシ油(TG由来オメガ3脂肪酸)を用いて、オキアミ油を12週間摂取した高齢男性の認知機能がイワシ油よりも活性化することを精神生理学的手法によって明らかにしたことを報告しています2)。
リン脂質由来オメガ3脂肪酸の摂取は魚の油よりも効果的に機能を享受する有効な手段なのかもしれません。
1) Walpole et al. BMC Public Health, 12, 439, 2012
2) Konagai et al. Clinical Interventions in Aging, 8, 1247-1257, 2013
※ 忍容性:服用した薬剤が被験者に与える副作用や有害作用にどの程度耐えられるかを示す程度こと。
2024年5月13日
(樋口智之:弘前大学)