オメガ3-食と健康に関する委員会

認知症の発症予防・進行抑制に魚(DHA・EPA)食は有効か?

オメガ博士

最近承認されたアルツハイマー型認知症(AD)治療薬レカネマブの効能・効果はADによる軽度認知障害(MCI)および軽度の認知症の発症と進行の抑制です。薬価から換算するとこの新薬を服用した患者さん1人あたりの年間薬剤費は約298万円です。この薬剤は認知症の根本治療薬ではなく、18ヶ月の服用によりMCIの症状の進行を7.5ヶ月遅らせる効果であると報告されています。オメガ博士の個人的見解ですが、費用対効果からすると、この高額な新薬の効果が認知症の発症と進行を遅らせることであるのなら、従来から検証されている食や運動による認知症予防効果をより明確にすることも重要であると思われます。

多くの動物実験や疫学調査結果では、魚油やドコサヘキサエン酸(DHA)・エイコサペンタエン酸(EPA)の摂取は認知症リスクを軽減することが報告されていることから、魚の摂取は認知症による認知機能障害や加齢に伴う認知機能低下を予防・遅延する可能性が考えられます。しかしながら、ヒトを対象とした魚油やDHA単独、あるいはDHA・EPA混合摂取によるランダム化比較試験(RCT)では、明確な認知症リスク軽減効果は報告されていません。今回紹介する論文は、魚(DHA/EPA)摂取による認知機能への効果を明らかにするために、魚の摂取量と介入試験の前・後における赤血球膜脂肪酸と認知機能との関係が明記されているRCT論文を抽出して統計解析を行ったシステマティックレビューです。

魚を週2皿以上食べるとアルツハイマー病発症リスクが30%低下し、加齢に伴う認知機能の低下を防ぐ可能性がある

1,146編のRCT論文をリクルートし、システマティックレビューにより適格基準に合わない論文を排除し、最終的に適格基準を満たした9編(下表)について、魚(DHA・EPA)の摂取量と、赤血球膜脂肪酸・認知機能への効果についてメタ解析を行いました。その結果、魚を週2皿以上摂取するとADの発症リスクが30%低下し、加齢に伴う認知機能の低下を防ぐ可能性のあることがわかりました(下図A,&B)。しかしながら、週2皿を越える摂取量の増加が、さらなる効果をもたらすか否かは、今回の解析では結論付けることが出来ませんでした。

表:1,146編のRCT論文をリクルートして最終的に適格基準を満たした9論文
1,146編のRCT論文をリクルートして最終的に適格基準を満たした9論文

魚の摂取量と認知症リスク(A)、赤血球膜脂肪酸と認知機能 (B) との関係

Fish intake, n-3 fatty acid body status, and risk of cognitive decline: a systematic review and a dose-response meta-analysis of observational and experimental studies.
(Kosti, RI., Kasdagli, MI., Kyrozis, A., Orsini, N., Lagiou, P., Taiganidou, F., and Naska, A., Nitr. Rev., 2022 80(6):1445-1458)

オメガ博士

2018年に国際脂肪酸・脂質学会(ISSFAL)から、脂肪酸の効果を検証する臨床試験は、結果変数に及ぼす脂肪酸状態(ベースライン、エンドポイント及びベースラインからエンドポイントへの変化)の影響を考慮すべきである、との公式声明が発表され1)、同時に、血中のEPA・DHAを簡便に測定でき、評価に耐えうるOmega-3 indexの使用が紹介されました。この度紹介しましたシステマティックレビューの強みは、結果変数(認知機能)に及ぼすDHA・EPA補給の効果を明らかにするために、適格基準としてOmega-3 indexで測定された脂肪酸や赤血球膜脂肪酸を選択したことであり、従来のシステマティックレビューと比べると、より明確に摂取量と認知機能の向上との関連性を明らかにしている内容と思われます。従来ではω3系脂肪酸補給の効果として、血清や血漿の脂肪酸を測定してその効果を評価していましたが、血清・血漿の脂肪酸は直近の食事による影響を受けやすいことから、このシステマティックレビューでは食事の影響を受けにくい赤血球膜脂肪酸を適格基準としました。ちなみに、最後に残った9編の論文には、日本脂質栄養学会員の橋本らが発表したRCT論文2編が含まれています。

認知症新薬のレカネマブは、AD発症の主要因子の一つであるアミロイドβ(Aβ)を脳内から除去することで、ADの進行を抑制し、認知機能の低下を遅らせます。同様の効能により、DHA・EPAなどω3系脂肪酸の摂取が、MCIや加齢に伴う認知機能障害の進行を抑制できる可能性があると思われます2)。今後は、ISSFALの声明に沿った適格基準と結果変数が明確にされた多くのRCTが行われ、ω3系脂肪酸による認知症の発症・進行への予防効果が明確になることを期待してやみません。

参考文献
1) Renate HM. de Groot., Barbara J. Meyer, Prostaglandins Leukot. Essent. Fatty Acids (2020) 157: 102029
2) 橋本道男、蒲生修治;オレオサイエンス(2022)22:327-335

2024年1月17日
(橋本 道男:島根大学)