日本脂質栄養学会

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オメガ博士による最新論文紹介

DHAとEPAは、筋肉に有効か?
(その1)高齢者への効果

オメガ博士

高齢化が進む我が国において、介護にかかる国家の財政負担が大きくなり続けていることは、周知のとおりです。

要介護になる原因として挙げられるものの一つに、サルコペニアがあります。サルコペニアは、加齢による骨格筋量の減少と定義され、それに伴って筋力や有酸素運動能力の低下が生じます。また、生活習慣病改善のために行う食事制限や加齢により食が細くなった結果、サルコペニアが生じることもあります。

サルコペニアは、「歩行速度が遅くなる」「握力が下がる」など日常生活の中にちょっとした不便や不利として生じ始めますが、放置しておくと次第に自立生活を困難にしていく恐ろしい現象です。

通常、筋肉量に影響する栄養素は、たんぱく質だろうと想像しがちですが、今までに、オメガ3脂肪酸が筋肉量や歩行速度などに影響を及ぼすのではないか?という研究は数多く行われてきました。その中で今回10の臨床試験の結果をメタ解析*1した論文が発表されました。今回はその内容をお伝えします。

高齢者の筋肉量、筋力、筋肉パフォーマンスへのオメガ3脂肪酸の影響:メタ解析

PubMed、Cochrane、CINAHLの3種のデータベースを使い、ランダム化比較試験の論文について、幾つかのキーワードで広く検索し、最終的に10篇の論文に絞りこみました。60歳以上の高齢者で、オメガ3脂肪酸の摂取が筋肉量、筋力、身体機能に与える影響をメタ解析により検証しました。アウトカムとして、筋に関しては、筋肉量、筋力(握力測定、1RM*2法)また、身体機能に関しては、歩く速さや立ち上がりの速さを測定(Timed Up and Go test*3)している研究を対象とし、実際にその研究の中で測定したデータを示しているものに限定しました。

対象とした研究はヨーロッパ、アメリカ、カナダ、南アフリカで行われ、試験ごとの被験者数は24~126人、試験期間は、10~24週でした。投与されたオメガ3脂肪酸は主として魚油由来のEPAとDHAであり、トリグリセリドやエチルエステル体が主ですが、明記されていないものもありました。投与量はEPAが0.16-2.6g/日、DHAが0-1.8g/日でした。

筋量に関してDEXA法*4、BIA法*5、CT*6などの測定データを示した6種の試験(被験者合計数202名)を統合した結果、摂取群はコントロール群に対して+0.33㎏(95% CI: 0.05, 0.62)の筋肉量の増加効果が見られました。筋力に関しては、コントロールと差は見られませんでした。Timed Up and Go test*3で評価した身体機能に関しては⁻0.3秒(95% CI: -0.43, -0.17)の僅かな改善効果が見られました。

さらに、摂取量、摂取期間のサブグループ解析の結果一日2g以上のオメガ3脂肪酸サプリメントの摂取が有意な筋肉量の増加(0.67 kg; 95% CI: 0.16, 1.18)につながっていること、歩行速度に関しては、24週の長期摂取において有意な上昇 (1.78 m/sec; 95% CI: 1.38, 2.17)が見られました。それより短い期間では男女とも効果がなく、エクササイズと組み合せても効果は見られませんでした。

結論として2g/日以上のオメガ3脂肪酸の摂取で筋肉量の増加効果が見られ、24週の摂取で、歩行速度の上昇が見られました。

Effects of Omega-3 Fatty Acids on Muscle Mass, Muscle Strength and Muscle Performance among the Elderly: A Meta-Analysis
(Huang YH, Chiu WC, Hsu YP, Lo YL, Wang YH. Nutrients. (12),3739. 2020)

オメガ博士

たんぱく質の摂取だけでなく、オメガ3脂肪酸の摂取が、筋肉量を増やすことに役立つことが複数の試験の結果を統合するメタアナリシスという方法で導き出されました。サルコペニアの予防には、健康な高齢者であれば一日1.2-1.5g/kgのたんぱく質を摂取することが推奨されています。

これまでの研究で、高齢者においてオメガ3脂肪酸の摂取で筋たんぱくの合成速度が増加することは報告されていましたが(Am.J.Clin.Nutr.93,402~412、2011)、一方で、3年間の高齢者を対象とした追跡研究では少量の摂取では無効との結果もあります。今回紹介した論文の1日2g以上という容量は、過去の結果と矛盾していないと思われます。また、オメガ3脂肪酸が筋肉たんぱく質の合成の促進と分解の抑制にかかわっているというメカニズムも提唱されていることから(J.Physiol.579,269~284、2007)、今回の論文の、筋肉量の増大という結果が支持されます。

もう一つ、オメガ3脂肪酸を食事として摂取するのが良いのか、サプリメントとして摂取するのが良いのかについて興味が持たれるところですが、今回の論文では、カプセルや錠剤タイプの魚油由来のオメガ3を用いた試験であり、魚食での効果は述べられていません。また、DHA,EPAそれぞれ単独での効果を試験した論文は絞り込んだ10報には入っていませんでしたので、どちらが効いているのかは明らかではありません。

魚料理には、当然魚の肉由来のたんぱく質が含まれており、たんぱく質の摂取にもつながります。魚肉は、速筋という瞬発力の発揮に必要な筋肉でできており、動物実験では速筋を増やすという報告もあります(Biosci. Biotech.& Biochem.79,109~116,2015)。

高齢者にとってサルコペニア予防は、筋肉を増やすオメガ3脂肪酸と魚肉たんぱく質の両方を摂取できる青魚の料理を食べることで、一石二鳥の効果が期待できるといえるのではないでしょうか。

*1)メタ解析: 同じテーマの複数の論文を集めて統計的手法によって統合し、解析する研究手法を言う

*2)1RM: one-repetition maximum strength:1回の反復で持ち上げられる最大の重量(1回の最大収縮で生成できる力の最大量)

*3)Timed Up and Go test: 下図のように座った状態から3メートル離れた地点まで歩き、スタート地点に戻り再度座るまでにかかる

TUGテスト

*4)DEXA法: 2種の異なるx線を照射しその吸収率の差で骨や筋肉を識別測定する方法

*5)BIA法: 体の組織の電気抵抗を計測することにより筋肉量を測定する方法

*6)CT: Computed Tomography (コンピューター断層撮影)

2023年12月8日
(辻 智子:(株)吉野家ホールディングスグループ商品本部素材開発部)

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