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オメガ3-食と健康に関する委員会

ドコサヘキサエン酸(DHA)による虚血性脳障害抑制の仕組み

オメガ博士

今回も前回に引き続き、研究者の方への論文紹介記事です。

前回の論文では、ドコサヘキサエン酸(DHA)が脳へ濃縮される仕組みを紹介しました。DHAを含有したリン脂質の一種であるリゾホスファチジルコリン(DHA-LysoPC)の形で、血液脳関門に存在するMfsd2a(major facilitator superfamily domain-containing 2a)という輸送体を介して、他の脂肪酸より優先して取り込まれます。この仕組みを利用すれば、よりDHAの脳関連疾患に対する効果的な治療への道が開かれると考えられています。

今回は、このDHA輸送担体であるMfsd2aの働きを遺伝子発現により強めたり、食事からDHA-LysoPCを摂取したりすれば、低酸素による虚血性脳障害を抑制することがマウスによる研究で報告されました。また、その仕組みとして、Mfsd2aやDHA-LysoPCの摂取による血液脳関門の機能の保護が関係していることが示されましたので紹介します。

Mfsd2aによる血液脳関門の保護を介した低酸素虚血性脳障害の抑制

人を始めとした哺乳類では、オメガ3系脂肪酸を自分では生合成できないので、必須脂肪酸として食事から摂取する必要があります。一方で、植物や線虫ではオメガ3系脂肪酸を生合成する酵素の遺伝子fat-1を持つため生合成できます。このfat-1遺伝子を哺乳類での発現に最適化されたmfat-1を遺伝子工学的手法で人工的にマウスに発現させると、マウス体内のオメガ6系脂肪酸をオメガ3系脂肪酸に変換させることができ、アレルギー・炎症や中枢神経系の疾患に対して予防的に作用することが報告されています。

この論文では、mfat-1遺伝子を発現させたマウスの低酸素虚血性脳障害に対する保護効果の仕組みを調べました。通常の遺伝子を持つ野生型マウスと比較して、mfat-1遺伝子発現マウスでは、脳内DHA含量の増加に伴って低酸素による虚血性脳障害や細胞障害が抑制されましたが、特に脳内LysoPC-DHA含量が増加しました(図①)。さらに、mfat-1遺伝子発現マウスは、血液脳関門の機能が回復していることが分かりました。これには、血液脳関門でDHA-LysoPC輸送体のMfsd2aの発現が上昇し、LysoPC-DHAが脳内に多く流入することが関与していました。

野生型マウスにLysoPC-DHAを豊富に含む飼料(LysoPC-DHA食)を長期間摂取させると、脳内LysoPC-DHA含量が増加しましたが(図②)、同時に血液脳関門のMfsd2aの発現量も増加させました(図③)。つまり、人工的にmfat-1遺伝子を発現させなくても、食事からLysoPC-DHAを摂取すれば同等の効果が得られることになります。

図④は低酸素虚血性脳障害の指標である神経学的欠陥スコアを示していますが、野生型マウスでは対照と比較して脳障害により顕著にスコアが増加しました。一方でmfat-1遺伝子発現マウスでは、脳障害によるスコアの上昇は半分程度に抑制されました(対象siRNA)。しかし、Mfsd2aの働きを阻害するMfsd2a siRNAを脳室内注射した場合、脳障害によるスコアの上昇は野生型と同等になりました。これは脳障害の抑制にはMfsd2aが働くことが重要であることを示しています。

図⑤は血液脳関門の機能低下の指標であるエバンスブルー量を示していますが、エバンスブルーは血液脳関門を透過できない物質ですが、血液脳関門が障害を受けるとそのバリア機構が低下し、エバンスブルーが脳内に混入して増加します。野生型マウスでは対照と比較して脳障害により顕著にエバンスブルー量が増加しました。これは、脳障害により血液脳関門の機能が低下したことを示しています。一方でmfat-1遺伝子発現マウスでは、エバンスブルー量の上昇は顕著に抑制されました(対象siRNA)。しかし、Mfsd2aの働きを阻害するMfsd2a siRNAを脳室内注射した場合、エバンスブルー量は野生型と同等になりました。これは血液脳関門の機能低下を防ぐためにはMfsd2aが働くことが重要であることを示しています。

血中脂肪酸と全死因死亡との関連

Mfsd2a attenuated hypoxic-ischemic brain damage via protection of the blood-brain barrier in mfat-1 transgenic mice.
(Cell. Mol. Life Sci., 23, 80(3)71, doi: 10.1007/s00018-023-04716-9, 2023)

オメガ博士

今回紹介した論文の研究によって、オメガ3脂肪酸を合成するmfat-1遺伝子を人工的に発現させたり、食事からLysoPC-DHAを摂取したりして脳内DHA含量を増加させれば、Mfsd2aによる血液脳関門の保護を介して低酸素による虚血性脳障害を抑制することが明らかとなりました。

人を対象とした脳障害の治療を考えた場合、本研究のマウスのように人工的にmfat-1遺伝子を発現させることはできません。しかし、食事によるLysoPC-DHAの摂取によっても同等の効果が得られることが分かりましたので、人の脳障害やそれに伴った血液脳関門の機能障害に対する新規治療戦略として有効である可能性を示唆しています。

現在、DHAは魚油などに主にトリアシルグリセロールの形で含まれており、食事やサプリメントとして摂取しています。精製して純度を高めたEPAやDHAは、エチルエステルの形で医薬品としても処方され、閉塞性動脈硬化症や高脂血症の治療に使用されています。今後、DHA-LysoPCのようなリン脂質としての形での開発が進み、より効果的な医薬品や健康食品としての活用が期待されます。

2023年6月15日
(池本 敦:秋田大学)