日本脂質栄養学会

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オメガ博士による最新論文紹介

ドコサヘキサエン酸(DHA)の脳への輸送と脳疾患治療への可能性

オメガ博士

今回は研究者の方への論文紹介記事です。

オメガ3系脂肪酸の中でもドコサヘキサエン酸(DHA)は脳や目の網膜に濃縮されており、不足するとこれらの機能が損なわれることが分かっています。通常、脂肪酸はそのままの形では酸性で刺激性が強いので(これを遊離脂肪酸または非エステル化脂肪酸と呼びます)、グリセロールにエステル結合したリン脂質の状態で存在し、生体膜の構成成分となっています。下の図はリン脂質の一種であるホスファチジルコリン(PC)を示しています。脂肪酸がR1とR2の2本結合していますが、R1が飽和脂肪酸、R2がDHAなどの多価不飽和脂肪酸が結合しています。まれに、脂肪酸が1本になったリゾホスファチジルコリン(LysoPC)もごく少量存在します。

実験期間中の皮膚状態の臨床スコア

通常、食品として摂取した成分は血液中に移行しますが、全ての物質が脳に移行するわけではありません。血液脳関門が存在し、脳には必要な物質だけが選択されて輸送されています。様々な種類の脂肪酸の中でもDHAだけが脳に濃縮される仕組みは長い間よくわかっていませんでしたが、2014年にMfsd2aという輸送体が血液脳関門に存在し、DHAを含有したリゾホスファチジルコリン(LysoPC)を選択的に脳内に取り組んでいることが分かりました1)。同時にMfsd2aは胎生期における血液脳関門の形成に関与していることが報告され2)、DHAを含有したリン脂質が重要な役割を果たしていると考えられるようになりました。

今回は、DHAの脳への輸送に関する最近の研究の進展をまとめた総説を紹介します。この論文では、新たに人工的に合成したDHAを含有するリン脂質である1-アセチル-2-DHA-グリセロホスホコリン(AceDoPC)の脳疾患治療への可能性についても論じています。

DHAのエステル化により脳への輸送が促進され、脳疾患への治療効果が期待される

DHA含有リゾホスファチジルコリン(DHA-LysoPC)は、血液から脳へのDHAの主な輸送形態であることが分かっています。これは、血液脳関門(blood–brain barrier, BBB)で発現するMfsd2a(major facilitator superfamily domain-containing protein 2A symporter)が、極性基にコリンを持つ様々なリゾリン脂質を認識するためです。様々な多価不飽和脂肪酸の中で、DHAが脳に濃縮されるのは、Mfsd2aが選択的にDHA-LysoPCを輸送するためであることが明らかにされています。

現在知られているDHA輸送のメカニズムは下図の通りです。血中に存在する脂質輸送タンパク質であるアルブミンは、非エステル化-DHA(NE-DHA)、DHA-リゾホスファチジルコリン(DHA-LysoPC)、DHA-ホスファチジルコリン(DHA-PC)のいずれとも結合できます。NE-DHAは血管内皮細胞の細胞膜でアルブミンから放出され、受動拡散や脂肪酸輸送タンパク質(FATP)を介して血管内皮細胞に取り込まれます。DHA-LysoPCはアルブミンから放出されたあと、選択的にMfsd2aを介して血管内皮細胞に積極的に輸送されます。DHA-PCは内皮リパーゼ(EL)の作用によりDHA-LysoPCに変換された後、同様に輸送されます。

血液中に存在するリポタンパク質は、NE-DHAおよびDHA-LysoPCのもう一つの担体です。リポタンパク質は、リポタンパク質リパーゼ(LPL)の作用により、NE-DHAおよびDHA-LysoPCを放出します。また、リポタンパク質は血管内皮細胞の表面にある受容体に結合し、小胞となって細胞内へ取り込まれます。血管内皮細胞内では、リポタンパク質は加水分解され、NE-DHAまたはDHA-LysoPCのいずれかを放出することができます。血管内皮細胞内では、NE-DHAは脂肪酸結合タンパク質(FABP)と結合し、細胞間を通過して脳細胞に到達します。NE-DHAは内皮-脳関門を通過して受動拡散するか、FATPを介して輸送されるかのいずれかです。

リゾホスファチジルコリン(LysoPC)の2位に結合したDHA部位を安定化させるために、1位を最も短いアセチル基(酢酸)でエステル化した構造リン脂質1-acetyl-2-docosahexaenoyl-glycerophosphocholine(AceDoPC)を人工的に合成しました。この僅かな構造改変により、非エステル化DHAよりもDHAの脳への優先的な取り込みが維持されるようになりました。AceDoPCは、非ステロイド性抗炎症薬であるアスピリンに似たアセチル基(酢酸)による抗酸化作用や、リン脂質分解酵素であるホスホリパーゼDによる極頭部の切断に応答し、神経伝達物質であるアセチルコリンを生成する能力など、さらなる特性があります。このようなDHAをエステル化したAceDoPCのような新規リン脂質は、神経疾患に対してより強力な神経保護作用を発揮することが期待されます。

実験期間中の皮膚状態の臨床スコア

Esterification of docosahexaenoic acid enhances its transport to the brain and its potential therapeutic use in brain diseases.
(Lo Van A, Bernoud-Hubac N, Lagarde M., Nutrients, 14 (21) 4550, doi: 10.3390/nu14214550, 2022)

オメガ博士

一般に、脂質の主要構成成分である脂肪酸は、食事で摂取する場合はグリセロールに脂肪酸が3本結合したトリアシルグリセロール(中性脂肪)、脂肪酸が2本結合したリン脂質として摂取しています。医薬品として利用されている脂肪酸には、エチルエステル型のものもあります。

リン脂質の2本の脂肪酸のうち1本が切り離されて1本になったものをリゾリン脂質と呼びます。sn-2位に脂肪酸が結合したリゾリン脂質は不安定で、脂肪酸が1位に移動してしまったり、代謝・分解されやすい性質があります。また、ある種のリゾリン脂質自身が情報伝達物質として作用し、様々な生理機能を持っていることが近年の研究で明らかになっています。

今回紹介した論文では、脳に選択的に輸送されるDHA-LysoPCを安定化するためにsn-1位をアセチル化したAceDoPCを人工合成しました。AceDoPCは非常に効果的に摂取したDHAを脳に輸送させることができます。今後、このようなDHAを含有した新しいタイプの脂質が開発され、これまで以上に効果的な医薬品や健康食品として活用されることを期待しています。

参考文献
1) Long N. N. et al., Nature, 509, 503-506, 2014.
2) Ben-Zvi A. et al., Nature, 509, 507-511, 2014.

2023年6月5日
(池本 敦:秋田大学)

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