オメガ博士による最新論文紹介
オメガ3脂肪酸が不足すると、母性のスイッチが入りにくい?!
虐待相談対応件数は年々増加し、20年前の約10倍(11.5倍)になっています1)。これは、家族構成が変化し近くに育児を助けてくれる人がいないなど、母親一人が抱え込んでしまうような社会環境によるものも考えられますが、母親の脳機能やメンタル面からの影響もあります。以前、妊婦さんの抑うつとオメガ3脂肪酸の関連についての紹介がありましたが、今回は、オメガ3脂肪酸と母性の関係について、オメガ3脂肪酸が不足しているマウスを用いて、母マウスが仔マウスに示す行動を観察しました。
マウス周産期におけるω3脂肪酸の母体行動および脳内オキシトシンへの影響
この研究では、2世代にわたってオメガ3脂肪酸が欠乏した飼料もしくはオメガ3脂肪酸(αリノレン酸含有飼料)を含む正常飼料で飼育した雌性マウスを用いています。オメガ3脂肪酸欠乏マウスの脳DHA量は正常マウスの約半分程度にまで低下しています。マウスは妊娠すると出産前から巣を作り始め、出産後はその巣の中で仔を温め、授乳し、仔の排泄物をなめながら清潔さを保つように育仔を行います。仔が何らかのトラブルで巣から出た時は、その仔は自ら鳴いたり超音波でSOS信号を出して母マウスを呼びます。通常、母マウスはその信号にすぐ気づいて仔を巣に連れ帰り、保温する行動を示します。しかし、今回の実験では、オメガ3脂肪酸が不足した母マウスは、仔のSOS信号に気づくのが遅く(図A)、出された仔マウスを全て回収するのに時間がかかりました(図B)。行動の詳細から、仔マウス1匹ずつに要する回収時間にオメガ3欠乏と正常の母マウスで差異はなく(図C)、回収し始める時間が遅かったり、次の仔を回収するまでのインターバルに時間がかかっていました(図D)。このことから、オメガ3脂肪酸が欠乏した母マウスは、仔マウスのシグナルに気づきにくい、または仔マウスへの関心が薄い状態で、母性行動へのスイッチが入りにくいことが考えられました。また、愛情ホルモンと言われるオキシトシンの脳内での産生濃度も低い状態でした。
Influence of ω3 fatty acids on maternal behavior and brain oxytocin in the murine perinatal period.
(Harauma A, Nakamura S, Wakinaka N, Mogi K Moriguchi T; Prostaglandins Leukot Essent Fatty Acids. 2022 176:102386.)
さらに、著者らは出産直後の巣の様子を観察したところ、オメガ3脂肪酸欠乏の母マウスでは4割近くが育仔放棄している状態でした2)。オメガ3脂肪酸が欠乏すると抑うつになりやすいだけでなく、児への関心や母性の発動にも影響がありそうです。この状態が深刻化すると、育児放棄や虐待にまで発展することが考えられます。妊娠、出産を考える女性は、妊娠前からのオメガ3脂肪酸摂取を心がけて欲しいと思います。
参考文献
1) 厚生労働省サイト内「令和3年度全国児童福祉主管課長・児童相談所長会議資料」
2) Harauma A, et al, The influence of n-3 fatty acids on maternal behavior and brain monoamines in the perinatal period. Prostaglandins Leukot Essent Fatty Acids. 2016; 107:1-7.
2022年3月25日
(原馬 明子、守口 徹:麻布大学)