オメガ博士による最新論文紹介
妊娠中のDHAサプリメント摂取が、生まれた子供の行動および脳機能に影響を及ぼす
妊娠期にDHAのサプリメントを摂取した米国カンザス州での介入研究が2013年に発表され、前回その結果を示しましたが、今回はその妊婦さんから生まれた子供が5歳半になった時に脳機能にどの様に影響を及ぼすか調べた研究をご紹介したいと思います。
妊婦さんが妊娠20週から出産まで、プラセボ、又は600 mg/日のDHAのサプリメントを摂取し、DHAのサプリメント摂取の有無が、5.5歳児の行動と脳機能に長期的な違いをもたらすか調べました(プラセボ群81名、DHA群86名)。
前頭葉の働きの一つに行動抑制機能というのがあり、一連の作業を効率よく行う能力に関連します。これを調べる方法として、魚の絵がコンピューター画面に現れたらボタンを押し(Go)、サメの絵の場合にはボタンを押さない様に我慢する(No-Go)というGo/No-Go課題というゲーム感覚のテストを被験者の子供達に実施してもらい、頭に装着した装置により、脳波の一種である事象関連電位 (Event-Related Potentials; ERP)を記録しました。
行動面では、Goでの反応時間は、男児の方が女児より速いことがわかりました。正解率と不正解率は、プラセボ群では男女に差はありませんでしたが、DHA群では男児の方が女児より有意に良い成績でした。しかしながら、No-Goで、サメが画面に現れてボタンを押すのを我慢するのを失敗した回数は、プラセボ群の方がDHA群より多く、更にDHA群では女児の方が男児より良い結果でした。従って、妊娠期のDHA摂取により、児の抑制行動が改善されましたが、その効果はより女児で認められました。
脳機能では、ERPのうちP2波は視覚的課題に対するパフォーマンスに関連しており、N2波は行動抑制機能を評価する指標と考えられています。本研究では、P2の振幅はGoに比べてNo-Goで高くなり、DHA群の方がプラセボ群より大きい結果でした。N2の振幅はGoよりもNo-Goで大きく、GoとNo-Goという異なる条件下で出現するN2振幅の差が、プラセボ群の男児でのみ有意ではありませんでしたが、DHA群の男児では有意な差が生じており、妊娠期のDHA摂取が特に男児の行動抑制に違いをもたらす効果があると考えられました。
Prenatal docosahexaenoic acid supplementation has long-term effects on childhood behavioral and brain responses during performance on an inhibitory task
(Gustafson KM, Liao K, Mathis NB, Shaddy DJ, Kerling EH, Christifano DN, Colombo J, Carlson SE. Nutr Neurosci., 20: 1-11, 2020.)
事象関連電位(ERP)というのは、大脳皮質に存在する数百万個の神経細胞の活動によって生じる電位を頭皮上に装着した複数の電極によって計測する脳波の一種です。ERPは、与えられた事象(課題刺激)に対する被験者の認知的態度を反映する内因性の電位の変化を測定するもので、様々な認知処理に対して特定の潜時(ある事象から出現するまでの時間)に特徴的な波形が出現するため、認知機能の評価に用いられています。
課題刺激に反応して150-300 ms付近に認める電位をP2、300-500 msに認める最大電位をN2と言います。
今回の研究の評価法に使われたGo/ No-Go課題は、コンピューター画面の左から右にほとんどが魚の絵(74%)が現れ、たまにサメの絵(26%)が流れて来て、魚が出てきた時は画面にタッチし魚を釣る(Go)、サメが出てきた時はタッチしない(No-Go)様に被験者の子供に指示し、行動の抑制機能を調べました1)。この課題は、良好なワーキングメモリーと認知機能が正答率に関係します。行動の抑制は、前頭前野が関与しており、乳児期より5歳頃に著しく発達します。行動抑制機能は目的を持った一連の課題を効率良く行うため必要なものです2)。
P2は、標的刺激の識別、比較、および分析のプロセスを促進する等、内因性の注意の方向付けの指標と考えられます 3)。 P2 の振幅が大きいほど、視覚的な課題のパフォーマンスが向上していることを示しています。
N2 は、Go 課題よりNo-Go 課題に強く反応して出現します 4)。N2は、葛藤のモニタリングと抑制制御を反映していると言われていて、本研究の結果より、妊娠中のDHA摂取により、行動を抑制する能力の発達がより成熟していると考えられます。
この様に、妊娠期のDHAの摂取が、長期的に子供の脳の発達にも影響を及ぼすことがわかってきましたので、この時期に摂取を心がけることが重要かもしれません。
参考文献
1) Sandra A. Wiebe et al. Separating the fish from sharks: A longitudinal study of preschool response inhibition. Child Dev. July; 83 (4): 1245-1261, 2012
2) Ridderinkhof KR et al. Neurocognitive mechanisms of cognitive control: the role of prefrontal cortex in action selection, response inhibition, performance monitoring, and reward-based learning. Brain Cogn 56: 129-140, 2004
3) Hillyard SA et al. Event-related brain potentials in the study of visual aelective attention. Proc Natl Acad Sci USA. 95(3):781-787,2017
4) Hoyniak C. et al. Changes in the NoGo N2 event-related potential component across childhood: a systematic review and Meta-analysis. Dev Neuropshychol. 42(1):1-24, 2017
2021年7月9日
(押田恭一:大幸薬品株式会社)